Frustrated Imcorporated
悲嘆は結束を好むと彼らは言う。
冬の山には死が溢れていた。
氷点下の気温と短い日照時間は、死の絶対値として生のそれを圧倒していた。
その死の風景を、ひと通り僕だけのアングルで水性カラーのペンを使ってスケッチした。
何度も手がかじかんでは描くのを止め、ポケットの中で暖める。
真っ白な風景にわずかに残る茶色や緑を、仲間を探すみたいに必死になって求めた。
既に死の色にあるキャンバスに、僕は生命が喰いしばる色を見つけては手に取って塗った。
気が付くともう日は沈んでいた。
僕は街の光の届かないところまで行ってみようと考えた。暗く、誰にも気づかれない場所に。そこに祠を求めて。
自分の吐息の音と、雪を割る足音だけが聞こえる。
夏にはそこにいた鳥たちがもういない。住みやすい場所へ南下してしまったのだろうか。
僕は注意深く仲間の音を探したが、こんな状況でも仲間を探す自分に気付き、やがてそれをやめた。
いくつか小さな谷を超えたら、僕は方角を見失っていた。
作為的にそうなるよう歩いていたから、たどり着くべくしてたどり着いた結果だった。
完全なる死の密室に僕は足を踏み入れようとしていた。
しかし、僕がその『死の密室』を目指すのに重要なのは作為的な方角などではなく、そこに既に存在する氷点下の気温だったのだ。
フードから出る顔は、その気温の中で無言を通したために赤く硬直し、無表情を通り越していた。耳の凍傷がひどく、熱を持っているのがわかる。足先の感覚はもうだいぶ前からなくなりはじめていた。すねまで積もった雪から足抜くためにふとももを上げるのも辛いほどに、僕の体は凍り始めていた。
その何もかもを凍らせる祠が自分をシンプルにする。
その圧倒的な死の力が、まだ"生"の部分に属している自分の、そこでは必要の無い余計なものを削ぎ落とす。
僕の業深い贅肉を、その嫉妬と憧れにとりつかれた思考を。
歯がガチガチとなり始める。
昔にカナダの2000m級の山で遭難しかかった時を思い出す。あの時僕は、その後すぐに与えられ触れたぬくもりに、ああ、これで一生生きていけると思ったっけ。
僕は、やがて斜面を登ることを諦める。
そして山を下るための道を探す。
登る時にはあった意思のようなものは、下る時には感じられなくなっていた。ただ重力のような均等な優しさを持つ生命全体の方程式の中に、僕はぽつんと存在していた。
山を降りて、橙色のその街の光の届く場所で僕は考えた。
もっともっと行けただろうか。
シンプルな自分が選ばざるを得なかった道は、その諦めは、下山した後に振り返って見上げた時、なつかしく心地の良いものでは決してなかった。
スニーカーはすっかり凍っていた。
紐がカチカチに固まっていた。
僕の我侭に付き合ってくれた挙げ句に、不器用に捩れ、ひどく窮屈な格好をして、重力とは違った方向を向いて凍っている。
僕の悲嘆は、それ自身でひとつの結晶となった。
他の何とも交わることなしに。
雪の粒を創り上げることのできない、死の色をした結晶になった。
帰りのバスの暖房にあたっても、まだ足の指や耳が千切れそうに痛かった。
そっと触れただけで、その充血しきった皮膚は悲鳴をあげた。
メランコリックな自分を、いつもは茶化すはずのもう一人がいなくなってることに気付く。
ただフィジカルな痛みだけが、そのほこりっぽいバスの中でまるで違う人格のように存在した。